おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[鈴木夏也,2013年9月]

おたがいさんを紐解く

 高齢者向けの介護福祉サービスの中で今、ひときわ注目を集めている小規模多機能型居宅介護施設。今回「かながわ福祉サービス大賞」の受賞、 テレビ取材等、その取り組みに評価・注目が集まっている小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」に三日間の研修に行くことが出来た。 一体どんなサービスや取り組みがこれほどまでに評価されているのか、その全容を紐解いてゆく。
 神奈川県藤沢市の閑静な住宅街の一角に、小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」はある。 車の往来の激しい旧道沿いの住宅がひしめき合う街並みの一角である。 今回「おたがいさん」を訪れるのは初めてで、前もって印刷した地図に加えてスマートフォンのナビ機能まで駆使して 最寄り駅から歩くこと15分。若干の方向音痴を醸しつつも無事到着。

前庭にタープを張り、解放された玄関の脇には よしず が立てかけられている。タープの下からも玄関からも笑い声が聞こえる。
 

一見すれば一般的な住宅のような佇まいで、スマートフォンのナビが無ければ気付かず通り過ぎてしまったかもしれない。 いわゆる施設のような堅苦しさがなく、実にアットホームな作りである。 施設に通う、というより第二の我が家に通うといった言い回しがしっくりくると感じた。

おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[鈴木夏也,2013年9月]

「施設」という堅苦しさの無い空間

思い思いのことをする利用者たち。我が家だからやりたい事も役割もある。居心地がいい空間がそこにはある。

 訪れてまず気付いたことは、外観のみならず内観まで馴染みのある「家」であったことだ。テレビがあり背の低い机をソファが囲む部屋、 フローリング張りの床にダイニングテーブルのある部屋、畳敷きの部屋にベッドの置かれた部屋。 さらには一般的な家庭にあるものと全く変わらないキッチンにお風呂。そこには“業務用”といった雰囲気を出す物を極力排す工夫が見受けられた。
そんなまるで“我が家”さながらの空間で利用者は本を読んだり、社説の書き写しをしたり、 テレビの相撲中継を見たりと自らの気分の赴くままに過ごしていた。

ここでは、何時に何を行うといったことは食事の時間・帰宅の時間等を除けば一切強制されていない。 午前中の時間帯に近くの公園へラジオ体操をしに行ったり、午後になれば外へ出て軽作業を行ったりといったイベント事は様々であったが、 利用者が参加したくない様子であれば無理に参加させることはしていなかった。
「午前中はまず大広間に全員必ず集合して、コーヒーの時間、といったことはおかしいと思うんです。 利用者さんも人間ですから今日は少し一人で居たい、そっとしておいてほしいという時も絶対あるでしょう。 それを施設の時間割に合わせて強制させることは、介護支援ではなく支配です。」
とは、おたがいさんスタッフの談。

研修初日の簡単な業務説明の際、
「いっしょにタバコを吸ってくれても利用者さんが眠そうにしているなら添い寝して寝てくださってもかまいません。 それがサボりだとは私たちは考えていませんので。寄り添ってあげるという介護の形を体感してみてください。」
という説明を受けたことをふと思い出した。

過ごしやすい“我が家”のような空間づくりには建物やそこに置かれている物のみならず、 スタッフの介護に対する考え方が大きく表れている。





おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[鈴木夏也,2013年9月]

介護の「仕事」というよりも「親子の日常」

「あんた、そんなんじゃダメだよ!あんこは餅の中心にちょこんと少し乗せるだけでいいんだ!」と、きな粉餅を作っている際。

「あんた、そんなんじゃダメだよ!あんこは餅の中心にちょこんと少し乗せるだけでいいんだ!」

研修二日目、きなこ餅を作っている最中での利用者さんからの一言である。 筆者も利用者さんとスタッフの中に紛れてきな粉餅の餅にあんこを詰めていると、ある利用者さんからこんな熱烈指導を受けた。 どうやら私の作り方ではあんこが多すぎたようで、利用者さんの手厚い指導は私が上手く作れるようになるまでつきっきりで続いた。 そんな中、ふと周囲の様子に耳を傾けてみれば「おかあさ~ん、あんこはこんなにゆるくていいの?」とか、 「きなこのお砂糖、このくらいでいいのかな~?」といったスタッフから利用者さんへ質問を投げかける声が多く聞こえた。 筆者同様に、スタッフもまた利用者さんから様々なことを教わり、学んでいるようだ。

スタッフにとって利用者さんは施設の利用者さんであるといった認識というよりも、 一人の人生の先輩という認識がしっくりくるのだろうか。 それが前項で述べたような施設の堅苦しさの無さにも繋がっているのだろうし、なにより自然な人と人との関係のように思えた。 介護する現場、介護される現場などという枠組みには到底当てはまることのない、あたたかい関係をそこに見ることが出来た。





おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[鈴木夏也,2013年9月]

介護とは“利用者を知る”ということ

 研修で実際に利用者さんとスタッフの中に紛れて生活を送る中で、 スタッフのコミュニケーション能力の高さにつくづく感心させられる場面が多々あった。 コミュニケーション能力の高さと銘打ったが、これは努力による賜物かもしれない。 各利用者さんの好み・出身地・過去の職業等様々なことについて把握しており、話のネタ、 果てには少し気持ちが高ぶってしまった利用者さんの気を紛らわすための切り出しにと、 いろんな場面でスタッフの利用者さんへの理解度の高さが感じられた。 驚くべきは少なくとも今回お世話になったスタッフのほとんどの方が、各利用者さんについて同程度の情報を把握しているということだ。 どのスタッフがどの利用者さんに接する場合でも、好み・出身地・過去の職業等、十二分に利用者さんのことを理解していた。

こうなると、やはりスタッフ間での情報共有をするツールの存在は欠かせないだろう。 おたがいさんでは3つのノートを利用してスタッフ間の情報共有に使用していた。 その3つのノートの役割の内訳は以下の通りである。

業務連絡ノート:日帰り、宿泊の方の情報、送迎車の担当といった業務連絡に使うノート。

利用者ノート:各利用者さんの特徴、何が好み、どんな人、といったことを詳細に記載されたノート。

メモノート:前述の二つのノートの内容を一部汲みつつ、日記的な感覚でその日あったことが記されているノート。 絵入りでそのメモを書いたスタッフの印象に残った利用者さんとのやり取りが漫画風に描かれていた。

業務連絡ノートは介護現場以外でも多くの職場で普及している物だろう。今回注目すべきは利用者ノートとメモノートである。 その日その日に利用者さんと接して気づいたこと、共有すべきことが随時書き込まれていく。 これらのノートは日々更新され、スタッフは休憩の時間帯など、時間を見つけて参照する。
利用者さんに対する各スタッフの対応があまりに均整がとれていたため、 これらのノート以外にてっきり対応マニュアルの様なものが存在するのかと筆者は思っていたがそうではなかった。

「アルツハイマー型や前頭側頭型認知症など、病気の傾向に沿った対応等はある程度マニュアル化することが出来ますが、 個人個人に完全に対応した介護マニュアルのようなものを作ることは出来ません。 各利用者さんと接してみて、話をしてみてわかったこと、それらがその各利用者さん一人一人のマニュアルになるんです。」

各利用者と接して話してみて分かった個人の情報を集積した利用者ノートが、いわばその利用者専用のオリジナル対応マニュアルとなる。 聞けばこのノートの他にも利用者ごとに情報を集積した個人個人一人ずつのファイルがあり、 そちらに最終的に個人個人の情報は集積されているようだ。
日々の新着情報は各ノートで、集積された情報は個人ファイルで。これらの情報をスタッフ間で共有する仕組みが形成されていること、 何より全てのスタッフの間でこうした意識が統一されていることが大きい。





おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[鈴木夏也,2013年9月]

利用者・スタッフ共に最適化された環境づくり

 おたがいさんにおける“我が家”のような過ごしやすい環境は、単純に建物やそこに置かれている物の雰囲気のみならず、 そこにいるスタッフの介護に対する考え方が表れていたことはこれまで述べてきた通りである。 この“我が家”のような環境は、利用者のみならずスタッフ自身にも影響を与えていることだろう。当たり前のように飛び交う、 利用者と介護従事者の関係ではなく人と人との会話などから、スタッフ自身も“我が家”のような空間を無意識のうちに創り出している。 利用者のことを知ろうとする姿勢も、介護をするにあたってやらねばならないことなどの事務作業的な雰囲気は見受けられなかった。
アットホームな堅苦しさの無い空間は利用者、スタッフまでをも巻き込んだ結果である。 それゆえまたこのような質の高い介護を提供できる要因となっていると考えられる。

この我が家のような感覚はおたがいさんにおける最大の強みである。仮にこのような環境を新たに構築したいと考えた時に、 建物やそこに置かれているものをおたがいさんに似せてそこに新しく雇ったスタッフを置くだけで、果たして再現出来るのだろうか。 おたがいさんのスタッフの間に根付いている介護に対する考え方が空間に与えている影響はどれほどに及ぶものなのだろうか。





おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[古屋美季,2013年9月]

楽しい演奏会 ~何が起こるかわからないのがおたがいさん~

「趣味はなんですか・・・?」
それは休憩中のスタッフの意外な質問から始まった。 少し不思議に思いながらもう一人の研修生であるN君の趣味がギターであることを答えると、 スタッフさんは「それなら披露してもらいましょう!」と大盛り上り。急遽N君の演奏会が開催されることとなった。
待ち構えているように並んで座る利用者さんたちを前に、少々照れながらもN君がギターを演奏する。 そのギターを伴奏に利用者さんたちが「いい湯だな」や「たきび」など様々な曲を熱唱。 それを盛り上げるようにスタッフが一生懸命、というよりは自然と場の雰囲気を楽しむように明るく合いの手を入れていた。 歌を歌っている際の利用者さんは、とても一生懸命で、なおかつ幸せそうないい表情をしていた。 始まる前に無表情(むしろ怒っているようにも感じられる表情)であったある利用者さんは、演奏会を終えると、 比べ物にならないほどの笑顔を見せていた。この利用者さんの変化に気づいたスタッフさんが「○○さん、彼(N君)に一言お願いします!」 と明るく問いかけると、満面の笑みで「がんばってください!」という暖かいメッセージを満面の笑みでN君に送っていた。

研修生N君がギターを演奏し利用者さんたちが歌う即興演奏会。熱唱するうちに笑顔が増えていきます!


N君の趣味が発覚したあとの急な試みであるにも関わらず、演奏会は大成功であった。 何故このようないきなりのイベントにも適応できるのか、理由はおたがいさんスタッフに通じている”当たり前”の中にあった。 通常、介護施設ではきっちりスケジュールを組まれていることが多い。 しかし、おたがいさんでは大きなイベントを行う日は決められているものの、毎日何をやるかという詳細はあまり決められていない。 毎日、その日の利用者、天候などを見ながらその日何をやるかということを、朝スタッフが話し合って決めている。 スタッフでも、その日施設に来るまではなにが起こるかわからないのが当たり前なのだ。 また、スタッフの一人が「(利用者の方が)認知症の方だからすぐに忘れられてしまうかもしれないけれども、 その瞬間に利用者さんの笑顔を見られるようなサポートを心がけている」と口にしていたので、 利用者の一瞬一瞬を大切にしていると強く感じた。一見、きちんとした予定を組まずに介護を行うことは大変なことのようにも思え、 ”予定をきちんと組むのが当たり前”な一般論から考えると心配に思える。 しかし、利用者さんの個性にあった日程を組める、利用者さんの要望に臨機応変に対応しやすい、 という点で”なにが起こるかわからないのが当たり前”という姿勢が、 おたがいさんという施設を作りあげる一つの大きな要因となっていると感じた。 介護現場において、「このようにしなきゃだめだ」、という堅苦しい姿勢を、「こうしてみてもいいのかな?」と、 やわらかく崩してみることも大切なことなのかもしれない。





おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[古屋美季,2013年9月]

おたがいが心地の良い介護

休憩を終え、昼寝をしている方が何名もおり、その中のある利用者さんに「一緒に寝ましょうよー!」と声をかけられた。 初日にスタッフとお話しした際、「ケアのひとつとして一緒に寝ることもあるのだよ」という言葉を耳にしていたが、 実際に自分が言われると思っていなかったので非常に衝撃的であった。 はじめは戸惑いつつも、利用者さんと寝そべった状態でお話しをしていくうちに、 利用者さんがリラックスできていることが表情や話し方で感じられ、私自身もリラックスしながら会話を楽しむことができた。 「本当にスタッフのやることなの?」という行動でも、利用者さんの要望に答えてあげることでそれがケアになる、 そのケアにより利用者さんが笑顔になりケアする側も気持ちの良い介護を行うことができるのではないかと感じた。 何かをやってあげる、尽くしてあげる、ということだけがその人のためになるのではなく、寄り添う、一緒に時を楽しむ、 という些細なことが実は利用者さんにとって一番大切なケアなのかもしれない。

一緒に遊んで、一緒に仕事して、疲れたら一緒に昼寝ができる人が付き添ってくれたら居心地がいい。たまには相性が悪い人もいるけど、そんな人の1人や2人、どこにでもいますよね。


一緒に昼寝をしていた利用者さんに付き添い、おたがいさんのすぐ近くであるグループホーム結で行われていた歌会に参加した。 グループホーム結のメンバー+おたがいさん選抜メンバー(スタッフ1人,私,利用者3人)で、 ひたすら歌詞をまとめたファイルを見ながら歌い続けた。ここでも、スタッフは年齢を疑ってしまうほど、ハイテンション。 ハイタッチや合いの手を交えながら明るい雰囲気作りをし、参加した利用者さんを笑顔にしていた。 およそ45曲を二時間もかけて歌い続け、私は喉がガラガラになったものの、最後まで利用者さんの笑顔、 スタッフのハイテンションが絶えることはなかった。歌会でのスタッフの様子でとりわけ印象的であったことが、 利用者さんとの相性を気にしながら接していたことだ。スタッフの一人が、ある利用者さんに少し反抗的な態度をとられた際、 「いま○○さんと相性わるいので、おねがいします!」とほかのスタッフにと交替し、対応していた。 “相性が合わない=わるいこと”として捉えず、当たり前のこととして受け入れることで、 無理にその人と接さないこともお互いが気持ちの良いケアを行う秘訣の一つではないのかなと感じた。 おたがいさんでは、“何かをやってあげなきゃ”という堅苦しい意識でなく、些細なことでも相手が望むことを、 自分の無理のない程度にやろうという柔らかい理念をスタッフ全体が自然と身につけているため、 このような“おたがいが心地の良い介護”を行うことができるのではないだろうか。





おたがいさん体験記


神奈川県藤沢市にある小規模多機能型居宅介護施設「おたがいさん」への研修体験記。
[古屋美季,2013年9月]

やってもらおう!教えてもらおう!

おたがいさんから、すぐ近くの系列施設であるグループホーム結に車椅子の利用者さんを送る際のことであった。 私はスタッフから傘をさす役を任され、利用者さんに雨がかからないように、傘を普通にさしてあげようとした。 すると、スタッフから「普通にささないで、とってだけでも持たせてあげてください。」というご指導を受けた。 傘の上を支えながら取手を利用者さんに持たせると、しっかりと握ってくれた。表情も心なしか笑顔になっているように感じた。



“お客さん”でいるうちは居心地が悪いもの。自分にできる役割・仕事があれば使命感に燃える。できないことがあったら、助け合い、一緒にやる。という姿を見つけました。


非常に些細なことではあるが、おたがいさんではこのように、利用者さんのために何かを“してあげる”のではなく、 “やってもらう”という理念を大切にしていた。スタッフが必ず仕事を与えて行うお昼の準備、テント張りや、洗濯物たたみ、 藍の葉の選別などできることはなるべく利用者さんにお願いしていた。利用者さんのなかには、始めは面倒くさそうにする方もいたが、 仕事をはじめると一生懸命に取り組み、スタッフに「それは違う!」などと注意する場面や、 利用者さんが他の利用者さんに「手伝おうか?」と声をかける場面も多々目撃した。 普段はあまり喋らない方も、仕事に入ると積極的に発言していた。
“認知症だから”“高齢者だから”と言ってなにかをしてあげる、という考えは逆に取ると、 その方の仕事を奪い、可能性を軽視していることとも言える。おたがいさんのスタッフは“認知症を個性と捉えて”さまざまな作業をしてもらい、 “高齢者だから”こそ、人生の先輩としてたくさんのことを教えてもらおうという姿勢を基本的に保っていた。 そのため、利用者の方々の多くはスタッフの方から何か言われる前に、主体的に動いていた。 利用者さんの作業する姿、私たちの質問に答える姿はとてもいきいきとしていた。 あおいケアのスタッフが持っているこの姿勢は、利用者さんの生きがいをつくる大切な要素となっていると感じた。